漆黒の峠でのエンコ、その顛末[序章]
のっけから私事で恐縮なのですが、小生のハンドル名 ∞ Motorrad は、
BMWオートバイへの心酔がその由来。無限大マークは、打ち間違いでは
ありませぬ。ふたつの車輪を現わしております。
旅「たび」と云うことへは、昔から、かなりのこだわりを持っていました。
敢えて表わすなら、オートバイでの旅行のみが「たび」と呼べるのであって、
それ以外は『旅行』なのだと思っています。
オートバイと出合うまでは 決して届くことのないと思っていた 遠くの風景が、
今まさに、大地を伝って目の前に近づいて来る。そんなリニアな連続感動。
これまで経験して来た『旅』いわゆるツーリングは、そう云った意味で、
順調だったわけです。
前置きが長くなりましたが、今回の旅は、逆の意味で、醍醐味(?)あふれる
ものとなりました。以下、其の顛末です。
漆黒の峠でのエンコ、その顛末[第一章]
'93.04.29 (Thu) Scene 01
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前夜から日本全体がスッポリ気圧の谷に入り、天気は最悪の様相。気分屋の
ボクは、どうにも盛り上がりに欠け、それが、目覚まし時計にセットした時間
にも表われていた。7時半起床。いつものツーリングだったら、もうとっくに
出掛けている時刻だ。いまにして思えば、これが恐怖のエンコへの第一の原因。
びしょびしょの雨を冒して、朝9時半に出発。環8を南へ。以前住んでいた
吉祥寺からより此処は、東名用賀まで小一時間余計に掛かる。ウェットな路面
に、ちっともペースが上がらない。そんなこんなで、タイムスケジュールは、
大幅に狂っていった。
それでも、信号ばかりの都心を抜け、高速に上がってからは、雨もまた楽し。
平均 100km/h +α で巡航。ボクサーツインの いちばん美味しいトコロを使って、
スピードよりもむしろ、エンジンの鼓動を味わうように走る。
雨降りツーリングでは、ツナギの上に安ガッパ、グラヴは軍手、と云う出立ち。
シールドを拭うのに、雨用のグラヴでは難渋するから。
道中かなり冷え、自然のお呼ばれで2回休憩し、三ヶ日インターを降りたのが
2時半頃だったか。この時、我がオートバイ人生で最大級の失態を演ずる。
料金所を抜け、一服しながら ふっとメーターを見やると、
真ん中のチャージランプが赤く点灯していた。
「あれっ、なんだろう?」
この時は、そんな程度の軽〜い認識。BMWの機械には絶大の信頼を置いていたし、
また逆に、国産車には無いちょっとしたトラブル、それこそ球切れ的な
コトはよく起こるので、まぁそんな様な事態だろうと、楽観視してしまった。
さらに悪いコトに、この赤点灯、実に自信なげで、すぐに消えてしまう。
「なぁんだ」
先を急ぐ気持ちが強く、さっさとギアをローに入れ、走り出す。嗚呼、なんて
こった! ボクは、そんなコトがあったのも、すぐにスッカリ 忘れてしまったのである。
'93.04.29 (Thu) Scene 02
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「いまからじゃ、フェリー 間に合いませんよ」
浜名湖の西を廻り、国道1号線に出る手前で、2回目の給油。ひとのせいに
してはいけないが、スタンドのお兄さんに脅かされ、渥美半島での走りは、
ひたすら気が急いたものとなる。雨、あいかわらず。きょう一日ずっとこうだと
観念する。伊良湖岬夕方4時半着。5時5分の船を待つ間に、宿(奥香肌荘)
に電話。このペースだと夜8時頃の到着になりそうだと話す。料理(猪鍋(^^))
のコトもあって、電話の向こうでは一瞬絶句している。
鳥羽への所要時間は、ちょうど1時間。この船室のベンチはいつも、長旅で
の格好の休息場所だ。凝った肩、しびれた手首をほぐす。連休初日なのに、
乗客はまばら。静かでいい。
鳥羽から和歌山街道口まで1時間、つづら折れを登って登って1時間。
うんちょうど8時には着けるな、と読んで、二見町から伊勢市内を抜け、県道へ。
これも、いつもの慣れたルートのはずだったのだが、玉城町の辺りで陽は
とっぷり暮れ、勘が狂う。昼間しか通ったことがなかったのだ。
道に迷う最悪のパターン、いわゆる『人工衛星』をやらかしてしまった。逆走に気付き、
「あっ、やっぱりあそこは左だった」
いつもなら、来た道をそのまま戻るのだが、どこか焦っていたのだろう、
途中で、えいやっ この辺、と曲がってしまった。完全に方向が分からなくなり、
あとはお定まりの、デジャヴの世界。あれぇ、ここ、さっき通ったよなぁ(^^;
'93.04.29 (Thu) Scene 03
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( ここからは、より臨場感を盛り上げたいので、 )
( お手元に関西版道路地図のある方、どうぞ拡げてみて下さい )(笑)
そんなこんなで、国道42号線は栃原手前から 368号線に右折したのは、
夜7時半を廻っていたと思う。時計を見る間も惜しんで(!)走っていたので、
おおよそだが。 また この直後にパニック状態に陥ったため、この晩は、
ただもう暗い暗い夜だったと、そう云う記憶しかない。
雨は霧雨のようになっていて、往来の激しい二桁国道から飯南町へと通じる
368線に入った途端、ヘルメットのシールド越しに見えるものは うすぼんやりと、
自分のヘッドライトに照らされるセンターラインだけになった。それも、
やけに暗い( 当たり前だよ。いま思うと既にこの時 BMWのバッテリーは、
殆ど空っぽで、実際に物理的光量が半分も無かった (爆笑) )。
ずずずんと登ると、2車線で割とまっすぐだった道が右に左にカーブし始め、
急に狭くなる。そこからが(いつもなら)ボクの大好きな峠道。とは云っても
クルマがなんとか擦れ違える道幅しかなく、オートバイでトコトコ登ってゆく
のが楽しい峠。新緑の季節は、緑の香りの中を、紅葉の頃は、
紅葉吹雪を見ながら、風流に走る場所だ。
ここまで来ると照明など皆無で、この天気では月明かりも皆無。あるのは、
ほんとうに漆黒の闇ばかり。うっすらと かすかに 夜空と黒々とした森の境目が、
分かるか分からないかぐらいの闇の世界が、一面に広がっていた。
「どうして、こんなに暗いんだろう」
ヘッドライトの明かりが吸い取られてゆくような闇だ。実際ほんとうに
(くどいようだが)暗いのだ。しっかし、現実には、我がBMWのヘッドライトも
江戸時代の行燈のように暗かった。どう考えても、これは『お・か・し・い』
そう直感したのと、『ス・ト・ン』とエンジンが止まったのと、ほぼ同時だった。
'93.04.29 (Thu) Scene 04
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( ライダーなら、分かってくれる )(爆笑)
ガンガン登った先の、人っ子一人いない、霧煙る、雨の、夜の闇に閉ざされた、
Uターンもままならない狭い峠の、急勾配のカーブで、突然、エンジンが
死んだのであった。その上同時に、ヘッドライトも消えたのであった。エーン。
瞬時に、あらゆる可能性が、走馬灯のように頭の中を駆けめぐる(以下、軽傷順に)。
◎キーホルダーがメーターに引っ掛かってイグニッションスイッチが
ねじ廻った◎キルスイッチが何かの拍子に動いた◎ガス欠◎電気系トラブル◎遭難(^^;
「致命的な電気系トラブルが正解」
そう結論するのに1分と掛からなかった。この時になって初めて、愚かなボクは、
あの『チャージランプ赤点灯』の意味を理解したのである。三ヶ日インター
を降りた あの時 あの場所で、健気にも我がBMWは、カラダの具合が悪いよと、
知らせていたのだ。
エンジンの回転で廻る発電機からバッテリーへと電気がチャージされて、
クルマ類は、電気を持ち続けることが出来るのだが、そのチャージが全く
成されていない、そう云う故障だった。電圧計の針は、虚しく左のゼロを指していた。
空車重量 229kg + リアパニアケースに満載した荷物分の重さ の愛車BMWを、
やっとこさっとこUターンさせる。エンジンが動かないなら、とにかく
坂を下るしかない。落ち着け、落ち着け、と自分に云い聞かせる。そうだ、
一服しよう。オートバイをまっすぐに立てて、スタンドを上げる。地面がよく見えず、
傾斜が急で、それだけで喉がカラカラになった。タバコはあと2本残っていて、
それが無性に嬉しい。
'93.04.29 (Thu) Scene 05
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喉に絡み付くような一服を終えると、それでも少し気が静まった。なにせ明かりが
ないのだからと、安全を考える余裕も出て来た。神奈川県警白バイ隊員の
御用達 "Vの字に光るベスト" を羽織り、オートバイに跨って、惰性で峠を
降り始める。スピードが出過ぎないように気をつけなきゃと思って、ハタと
名案を思い付く。頭で考えてたと云うんじゃなく、カラダが勝手に反応してくれた。
ギアをセコンドに掻き上げて、ススーっとスピードがついて来たところで
パっとクラッチを放す。
「ドリュリュウ〜ン」
エンジンが息を吹き返した。電圧が無いから、もって数分。どうする?登ろう!
動物的な瞬時の判断だった。 いま冷静に考えると、坂を下ったほうが
良さそうにも考えられるが、この峠を越えさえすれば人里、人家が散在するのを
覚えていた。登りの途中でまた止まったら、などとは考えなかった。もう夢中だった。
漆黒の峠でのエンコ、その顛末 [第二章]
'93.04.29 (Thu) Scene 06
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どこをどう走ったのか覚えていないし,どう云う目算で,あの暗い・狭い・
急勾配の・霧雨の・寒い・峠道を登っていったのだろう(おいおい).今夜の
宿泊地 奥香肌荘まで 辿りつこうとしていたのか.まさか.たぶん,消えてし
まったロウソクの,その受け皿に残ったロウで息を吹き替えした火を,なんと
か絶やさないようにと,そんな心持ちだったのだと思う.とにもかくにも人里
が恋しかったのだと思う.殆ど泣きべそもんだった.
時間にしたら2-3分,あとから考えると あっけないくらいスグに,のろのろ
登った坂の向こうに人家があって,それと同時に あっけないくらいスグに,
我がオートバイも,また 息絶えた.こんどこそ死んだよーだ.ご臨終地点に,
その焼肉屋『富久呂』があったと云うべきか,その焼肉屋がそこにあったから
ご臨終だったのか,はて,どっちが正しいのだろう.
「どんどんどん.すぃませぇ〜ん.どんどんどん」
峠をほぼ登りきった,道の左側に灯る人家の明りは,よく見ると,その前に
砂利引きの駐車場を備えた こじんまりした食べ物屋であった.だから どうだ
と云うことではなく,ただボクの目にはそう像を結んだ.思考的には,灯りが
ついている=ひとが居る=助けてもらおう と云う 延髄還元型短絡身勝手回路
直結であった.
ミ*オン詳細関西道路地図帳を開き,当日の距離感覚を客観的に当てはめて
場所を推測してみたところ,エンコ地点は368号線『桜峠』,登りきった 此処は
『飯南』の町はずれであろう,と推測された.
「この近に,宿泊施設はありませんかっ」
ノレンは内側にかかっており,後片付けをしていたご夫婦が,どうしたんだね,
と云う顔でこっちを見ている.かくかくしかじか,あんなこんなで,こういう訳です.
と話すと,ご主人は,ほうぼうへ電話を掛けまくり始めた.
飯南町は,上へ下への大騒ぎとなった.
要約的実況をすると ... ◎旅館『大廣』,スクーターで行ける距離だが,
夕食はフレックスの由 ◎旅館A,ちょっと遠いし高いゾ ◎あんたのデッカイやつは
ウチの車庫に置いて,スクーターを貸して上げるから,これでゆきなさい.
◎ここへ泊まっても良いが,あぁ 布団がねぇな ◎バイク専門の山本輪店のご
主人山本さんは,親切だから,来てもらうようにしよう.えっ うん 今ヨコに
おるよ,... 電話 替わってってさ ... 「ええ,そうなんです,電圧がゼロで.
電気系の故障だと思います.」とボク.
山本さん曰く,明日の朝行きますから,とにかくその時バッテリーをチャージ
してみましょう,と.だが,
「外車はよく分からんなぁ.松阪のほうに,よう見るひとがおるけん」
などとも話して,ボクを不安にするのだった.
もうアレコレ考えても仕方がない.寝場所は見つかったのだし,なにより
風呂に入りたいし,正直,あすからのコトを考えるとアタマがパンクしそうだった.
一度はもうダメかもしれないと覚悟した遭難者は,救出された途端,
贅沢にも,ビールが飲みたい,などとも考えていたのであーる.
奥香肌荘の森本氏に,電話でコトの次第を話し( 再度 受話器の向こうでは
絶句の様子 ),
「猪鍋は我々で食べますから.はは.またの機会にどうぞ.お気をつけて」
この街道の先には,ボクのために準備された猪肉があるといふのに,温泉も
あるといふのに,しくしく.おっと,この時はそんな悠長な気分ではなくって
焼肉『富久呂』のスクーターに跨って,プゥウ〜〜ンと,旅館『大廣』へと
向かったのだった.ミラーは付いていないし,足元に置いた荷物がジャマで
走りづらかったけど,エンジンで走っているのが何より嬉しく,
天にも登る幸せを味わっていた.
'93.04.29 (Thu) Scene 07
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焼肉『富久呂』のご主人が,旅館『大廣』への地図をメモに描いてくだすったので,
場所はスグ分かった.そして,夕食がフレックスと云う謎も氷解した.
新しい料金体系なのかなぁと,別に気にもしていなかったが,フレックスとは,
この町唯一の,深夜まで営業しているスーパーマーケットの名前だったのだ.
煌煌と明りの輝くフレックス前を通過すると,『←大廣』の看板が田んぼの中
に見える.左折し,またすぐの旧道をちょっと戻ったトコロに,日本旅館然と
して『大廣』は あった.
こんな夜だから,お客さんには,何か食べ物を(スーパー)フレックスで買って
来てもらわんとね,と,多分 そう電話で云ったであろう おかみさんの声が
火鉢の置いてある玄関に響く.
「まぁまぁ,大変でしたなぁ」
泊まる宿の電話番号等の行動予定は,紫野に伝えて出て来た.が,向こうに
着いたら電話するよ,と話した自分の言葉が,気に掛かっていた.もうだいぶ
夜も遅い時間だ.うちに電話しなきゃ.電話はどこですかと聞くと,あいにく
100番呼び出ししかなくて,と おかみさん.掛けてみると案の定,留守電状態
になっている.はやく紫野に報告したい一心で(ちらと,ビールのコトも脳裏
をかすめたが),公衆電話の場所を聞き,借りたサンダルペタペタと,夜道を
歩いた.フレックスとは,目と鼻の先だった.
テレカを買い,ビール2缶ぶら下げて,プッシュフォンの #9 で,うちの
電話機の留守電解除をしようとすると,紫野が出た.ほっとした.風呂に入って
いたと云う.心配させないように状況を説明し,声を聞いてボクも気持ちが
落ち着いた.すべては明日だ,そう自分に云い聞かせた.
お茶漬けしか出来ませんけど,と,お風呂も早〜く入ってほしい,と,
おかみさんが喋っている.その声を聞き流して出て来たので,なんとなく
後ろめたい感じで宿に戻る.風呂場で革ツナギを脱いでいると,外が何やら騒がしい.
「はぁ,井上*さんなら お風呂ですけど」 *注: 小生の本名
ハダカになったところで,お風呂のオアズケをくったボクは,裏玄関へと
案内された. そこには,山本輪店の店主 山本喜信氏が立っていた.
'93.04.29 (Thu) Scene 08
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「電話もろうたけん,キー貸しなされ」
とにかく はよう バッテリーを チャージせにゃぁ,これからワシ 行って
くるから,そうすりゃ,朝までたっぷり電気 入るやろ!
とっても親身にまくしたてる店主である.おかみさんと共に圧倒されたボクは,
ヨロシクお願いしま〜す,と云うのが やっとだった.二言三言 世間話を
交わす店主とおかみさんを そこに残して,そぉ〜っと部屋に帰った. タバコの
焼けこげのある畳は,敷いてくだすった布団に隠れていた.畳のうえで死ねる,
なんてコトバが ふと浮かんだ.
卓袱台のうえには,お茶漬けどころか,目も眩むばかりの夕食が並んでいる.
その内訳は ... ◎ショウガ焼きキャベツ添え◎マグロ刺し身キャベツ添え(!)
◎煮物◎アサリのお吸い物(超美味)◎タクワン小皿◎オヒツに一杯のご飯(^^)
◎大きな急須に入ったお茶 ... 以上.
持込みの缶ビールを飲みながら,このご馳走をあらかた食べた.食事が
これほど嬉しいと思ったことはなかった.添えられたパセリも存分に味わった.
ほろ苦い味がした.傍らに広げた革ツナギやら雨ガッパやらが,戦いの激しさを
物語っているようだ.地図を開いてもロクすっぽ見ず,
あしたのコトなどボーっと考える.
「晴れるといいな」
ふた口くらい とっといた肉で,飯をばくばく喰った.
漆黒の峠でのエンコ、その顛末 [第三章]
'93.04.30 (Thu) Scene 09
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恐怖の闇の一夜が明けた.カラダはクタクタな筈なのに,早朝5時に目覚めた.
カーテン越しに太陽の明るさを感じたボクは,内心 やったぁ 晴れだ,と思った.
よほど陽の光に飢えていたのだろう.が,カーテンを開けると,きょうも
外は雨だった.なんだ ちぇ,と天に唾して,フテ寝する.
ゆうべ あれから,親身にまくしたてる山本輪店店主氏が 再び現われて,
焼肉『富久呂』の車庫は真っ暗で 作業が出来ないから,明日の朝 現地9時に
集合しましょう,と,ピクニックのようなコトを云う.その時間に合わせて
出掛けるには,まだ随分と寝られるのだ.
最近,朝は和食党,日本旅館での朝は特に,と云うボクは,共同洗面所にて
歯を磨きながら,ふと考えた.時間は8時ちょっと前.ゆうべはメシ,部屋へ
持って来てくれたけどなぁ.朝は,何時何処で食べるんだろ.
「おはようございま〜す」
タオルを首に巻いたまま,調理場の奥へ向かって声を出すと,やったね,
隣の間にしつらえてありますだって.うふふ.味噌汁とお茶が無いのにも
気付かず食べ始める.と,うしろからイキナリおかみさんが現われて,
アツアツのを持って来てくだすった.ベーコンエッグの一品が,なんか場違いに思えた.
精算してくださいと伝えると,いままで割と営業的表情が見え隠れしていた
おかみさん,急にシンミリする.目と目が合ったボクは,なぜかドギマギした.
「わたしも,りょこう いきたいわぁ〜」
ぅおっと,とズッコケそうになるのを堪えて,世間話体勢までもち直したところ,
サイクリングのグループのエピソードなどを話してくださる.それはそれで,
とっても面白いのだが,先を急ぐボクとしては,時間で区切ってお別れを申し上げた.
親身にまくしたてる山本輪店店主氏のほうは,と云うと,これがまた,どん
どん オートバイの復旧作業を進めていた.プゥウ〜〜ン スクーター で
ボクが現場に着くと,やぁやぁ よく来た的 破顔にて,緊急充電完了の由.
そうですか,とボク.富久呂の奥様にご挨拶を とも促され,お蔭様にて
社会的礼儀をも果たすことが出来た.
'93.04.30 (Fri) Scene 10
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結局,オートバイを自走させ,山本輪店のホ*ダアクティTruckの先導
にて,飯南町は横野の 急な坂の上,山本氏のお店へ向かう. 所要時間約5分.
ちょっした峠を下る.いま思うと,この間のみが,唯一ツーリング気分(苦笑).
雨を忘れて走った(ゆっくりだったけど).
お店では,おもにバッテリーチャージの作業が執り行なわれる.コーヒーを
ご馳走になり,タバコも吸う.座ったり立ち上がったり,自分のオートバイを
目の前にしてナニも出来ずにいる自分が情けない.此処へ置いて帰る訳にもいかないし.
国産バイク専門のご主人は,電話の応対に忙しいこともあってか,作業より
むしろ,各方面への手配関係を重点的に行なってらっしゃる.奥さんが,
いろいろ,おろおろ,気を使ってくだすった.
「へぇ,これから向かいますけん」
ご主人の電話の内容が聞こえて来て,出発の時刻なのを知る.受話器の先は,
松阪にいらっしゃるBMWの権威『メグロ』様と推測された.甘〜いコーヒー
をガブと飲み干して,ヘルメット,軍手をつける.( サポートに 4輪車を従
えたツーリングって,やってみたかったんだよね.(^^) ) 時間は確か10時
ちょうどぐらい,またまた,ホ*ダアクティTruckを随伴,もとい,
に先導して頂いて,山本輪店まえを出発.一路 166号線を松阪へ.
道中,信号待ちで4回,山本氏は,片手ポケット突込み肩なびかせスタイルで
降りて来て,ボクに声を掛けてくださる.こっちはヘルメット越しだから,
もっと傍らに来てくれないと良く聞こえないよぉ,と独り言を云う.
トラックの荷台には,外したリアパニアケースが積んである.山本氏が
(表と云うか)外側の面を下にして載せたので,山本輪店を出る際に,こっそりと
裏を下に直しておいたのだが,信号待ちで,また裏返されてしまう.コーナーを
廻るたびに ズズー ズズー っと動いている様が見えて,キズにならないか,
ずぅっと心配のし通しだった.
'93.04.30 (Fri) Scene 11
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BMWの権威『メグロ』様とは,正式には『メグロ整備商会』と云い,
初老(失礼)の紳士 富永泰介氏が 主.松阪市は中町にある.この時は,市内に入って,
グルングルンと抜け道を通ったため,右も左も分からなくなっており,
街のおおよその印象で,松阪駅が近いのが感じられた.
午前中に一件車検が入っているのを,その時間をずらして診察して頂くこと
となった.11時頃だった( と思う. メーターパネルの時計は,あさっての
方角を指していた ).
「私が やりましょう」
と云うやいなや,ひゅいっと我がBMWに飛び乗ると,あっと云う間に,
狭い間口をかすめて オートバイと整備道具棚との僅かな隙間に ピタっと納める.
う〜ん ただ者ではなひ.ピカピカにレストアされた BMWの旧車と,
泥だらけの 我がR100RSとが,仲良く並んだ. メグロ整備商会内は,
立錐の余地もなくなった.
◎ 電話で,大体の事は伺いました.◎ Mモータースさんは,BMWに
詳しくないですよ.◎ GENが点灯した後,消えてしまったと云うのが気になります.
◎ 九分九厘,レクチャハイヤーが原因だと思います.◎ 大陸に電話で連絡して
おきましたから,そこを訪ねなさい.◎ それと,もしかしたら,...
しばし沈黙が訪れ,またもやボクは,不安になって来た.専門用語の洪水で
あった.山本輪店主人は,タバコをすっと差し出し,敬意を表している.ボクは,
Mモータースへの信頼ガラガラ的崩壊やら,今後の身の振り方,ハイヤーとは?
大陸とは何か? ...等々で,頭が痛くなった.
「まぁ,この場では,今日の今日で 部品も無いので,治りません」
富永氏は,あっさりと,そしてキッパリ,診断を下した.名医,と云う言葉が
フト浮かんだ.処方箋を書くにあたって,ふたつだけ確認したいと,先生は話し始める.
》(電気回路図)61番の断線,それと,GEN ランプの球切れ.
たまぎれ,と聞いたトコロで,一同 膝が 約3cm ガクっとなる.風呂場の明りが
切れでもしたような響きで,妙に和んだ雰囲気となる.話しが前後するが,
この時には ギャラリーに,たまたま用事で訪れた スカ*ライン氏 も加わり,
先生の診断結果を一言も聞き逃すまいと,みな固唾を飲んでいたのだ.
'93.04.30 (Fri) Scene 12
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あとで分かったコトなのだが,『大陸』とは,富永氏が,かつて師と仰いだ
太田政良氏 のショップ『太陸モータース』の呼び名である
( そのご関係は,今でも脈々と続いている ).
太陸モータースのウィンドウの上には,巨大な BMWマーク( そう それは,
バイエルンの青い空・アルプスの白い雪 を表わす あの プロペラ十文字だ )が
掛かっており,目映いばかりの後光が,差していると云う.
うっとりするような,龍宮城的全身麻酔状態 になったボクは,富永氏より,
お土産として中古のバッテリーを,譲り受けた. 随分と重い玉手箱ではある.
(以下 後編)